2018-07-26

【感想】南キャン山ちゃんの「天才はあきらめた」は、新たな天才の幕開けであり、凡人へのエールだと思った

天才になれないという誰もが通る挫折

こんにちは、じゅんです。

今日は南海キャンディーズの山里さんの、自伝的エッセイ「天才はあきらめた」の感想をお伝えしたいと思います。

この本は、「天才」になりたかった山ちゃんが、いかにそこに向かうかを考え苦悩し、挫折し、そして天才を諦めることによって天才に一歩近づくという、そんな本です。

彼の言うお笑いの「天才」とは、自分たちが面白いということをやって世間に受け入れられていく、そんな人たちのこと。一方、山ちゃんはお笑いに方程式や正解を求め、その方程式に当てはめて大量のアイデアを自分で作って選別していくというやり方をしてきたのだそう。

「天才」という言葉は甘美で、誰しも中学二年生の頃は、自分が「天才」なんじゃないかという勘違いをしてきたはずです。成長するに従って徐々に現実を受け止め、凡人としての自分を受け入れるそんな人が多いはず。かくいう私も、自分のことを「何者かになれるやつ」だと思って、ベンチャー界隈に入って挫折した人間です。

ビジネス以上にセンスや才能というもので結果を語られる、芸能界の中で山ちゃんは期待されている「面白いとされているもの」を作り出し続けてきたというコンプレックスを抱えながらやってきたといいます。

そんな彼が二人の相方を潰し、南海キャンディーズでM-1に出て売れて、その後に確執や挫折を経て、2018年になって、本当に自分が面白いと思うものを南海キャンディーズの単独ライブで発表するというところで本作は終わります。

つまりは、彼の言う「天才」が自然に行っていたことを売れてから15年近く経ってから一歩目を踏み出したところで本が終わるわけです。
天才を諦めることで、天才たちと同じ舞台への一歩を踏み出すという憎い作りになっています。

凡人の生きる道

まず、前提として山ちゃんは決して凡人ではありません。世間から見れば天才です。M-1で出てきて、熾烈な競争に勝ち抜き、今や多数のMCをこなす売れっ子芸人です。

そして、本書を読んでいただけばわかりますが、そこまでやるの?っていうレベルで努力を行っている驚異の人です。
劣等感や怒り、嫉妬を自分の努力のガソリンに変えて、とにかく努力し続けてます。

死ぬほど努力し続ける真面目な人という印象を受けるのではないでしょうか。ここまで努力できるのであれば、別に芸人の世界じゃなくても成功したんじゃないかと思ったりもしました。

やっていることも再現性を感じます。現実の結果に対して、法則や方程式を抽象化し、そこに当てはまりそうな解を徹底的にブレストして、またトライするという流れはビジネスと一緒です。

もちろん、芸能界というより右脳的な感性的な部分に比重のある世界において、そういった論理的なアプローチにコンプレックスを持ち、自分は天才ではないという心情は理解できるところです。ですが、その上でここまでの努力をやりきってしっかりと結果を残してきた人はもはや天才なのではないかと感じざるを得ません。

この本を読むと、「天才」をあきらめて、努力を選んだ人間の、血の滲むような頑張りのあとに圧倒されるはずです。同時に「天才」をあきらめて、努力もしなくなった自分の不甲斐なさを強く指摘されたような気持ちになり、なにかしなければと思うことでしょう。

この本は「天才」をあきらめた、すべての凡人への檄文なのかもしれません。そしてその檄文をみんなに送ることで、取り返しのつかない状態にして、更に自分を努力に追い込むという山ちゃんなりの自己啓発なのです。

たりないふたり

とうことで、山ちゃんをひたすら褒めてきましたが、この本を読むと普通に山ちゃんという人間のクズさ、どうしようもなさがめちゃくちゃ伝わります。

端的に言えば、人でなしです。ストイックな努力をしすぎるあまり、それについてこれない相方を下に見てきつくあたったり、すぐ天狗になってしまったり、人の悪口をひたすらノートに書きなぐっていたり。
上記でさんざん褒めておいてあれですが、確かにテレビで出てくるコンプレックスや恨みで形成されている気持ち悪いやべえやつでもあるわけです。

でも、そんなダサくて気持ち悪いところもすべてさらけ出す人だから、きっとファンがついてくるしなにか訴えるものがあるのだなぁと思います。

各所で言われていますが、オードリーの若林さんが書いた本書のあとがきが本当に素晴らしいです。これも含めてこの1冊なんじゃないかと。

山ちゃんの歪んだ自己認識に対して、客観的な評価を与えつつ、主観的な愛で包み込むような、そんなあとがきになっていて、ビンビンに二人の絆が伝わってきます。
自分は天才ではないという山ちゃんを、天才だと持ち上げつつ、いじるところはいじり、そして最後はエールで締める名文でした。

山里という人間に対しての周囲からの見え方が赤裸々に出る分、より多重的に山ちゃんの魅力が伝わってきたと思います。だからといって、あとがきから読むことはせず、前から順に読み進めていくことをおすすめします。

まとめ

実は本ブログのタイトル「たりないひとり」は、山里さんと若林さんのライブ「たりないふたり」から取っています。

それくらい二人の言語的なセンスや、コンプレックスや、社会への角度の付け方というか斜に構え方に影響を受けてきたからです。
オードリーのANNは開始からずっと聞いているし、不毛な議論もちょいちょい聞いています。そんな二人が絡んだ本ということで大変おもしろく読むことができました。

1つ読後に思ったのは、山里さんの努力の根本のモチベってなんなんだろう?ということです。とにかく異常な量の努力をするんですよね。本文ではモテたいという欲、コンプレックス、怒りがエンジンと言っていますが、それだけでここまで頑張れるかね…?というレベルなんですよね。

それだけ芸能界がガソリンになるような過剰にイベントがある世界なのかもしれません。でもそれ以上にきっとみんなの期待に応えたいという「いい子」の遺伝子があるような感じもしました。

自分を客観視して、モチベのドライブを見極めて、メタにそれをコントロールするという部分、やれるかわかりませんが、なんとか真似していきたいものですね。

いろいろな観点から面白い一冊でした。

以上、【感想】南キャン山ちゃんの「天才はあきらめた」は、新たな天才の幕開けであり、凡人へのエールだと思ったでした。